洋平くんとの約束が、メールが来た日から一週間後に決まっても、彼と顔を合わせることはなかった。最後の詰めまでやり切ったとはいえ、 上に通せばそれなりの微調整が必要だったからだ。それでも、まだまだ余裕ができた方ではあったけれど、なぜだか顔を合わせるのがもどか しかった。初心な学生でもあるまいしとは思っても、ここ数年そんなことには袖すら触れなかった私は、久々の感情に酷く臆病にさせられた のだった。何を着ていけばいい?どんな話をすればいい?今まで、どうやって話をしていたっけ?こんなにも乙女のような気持になるだなんて 、誰が想像しただろうか。同僚と話す機会があれば、ここぞとばかりに尋ねていた。そんな私に皆驚きながらも、答えてくれる。さんも可 愛いところあるんですね、とにこにこと笑う清田君に、同い年でもこんなに違うのかと感心しつつ、うるさいと怒るフリをして会社を出た。そ の時の土屋さんのニタニタ笑いは酷く不快だったけれど、見ないことにした。時刻は十八時、定時で会社を出るのはいつ振りだろうかと考えていた。 待ち合わせまでまだ時間がある。一度帰って着替えよう。この前買ったアンサンブルを、洋平くんは気に入ってくれるだろうか。歩き出した私の足取り は、思ったよりもずっと軽かった。

ざわめく人々は皆一様に楽しそうに見えた。それは、私が柄にもなく嬉々としているから、そう見えただけなのかもしれない。時計を覗くと、待ち合わせ時 刻の十分前だった。映画館の前は人待ちで溢れかえっている。知り合いの一人でも会いそうだ。そんなことを考えながら大きな白い柱の前へ向かった。彼と の待ち合わせの場所だ。人ごみをかき分けるように目的の場所まで急いだ。なぜか足が急いて止まらなかったのだ。目的の場所が視界に映った時、私の目は もう一点しか映し出さなかった。人々の声は何一つ届かない。無音の世界に、ただ洋平くんだけがスポットライトを浴びたように淡く光を放っている。柱に 寄り掛かる姿はまるで映画のワンシーンの様だった。人を探すように忙しなく動く黒い瞳、ポケットに突っ込まれた手、黒のレザージャケットに皺が寄って 、濃淡をつける。首元にきらめくシルバーのネックレスが、センスがいい。通り過ぎる女性たちが、ちらちらと振り返っては洋平くんを見ている。呆然と立 ち尽くしていた私に、洋平くんは気が付いたようだった。はっと顔を上げ目が合ったかと思うと、彼は少し手を上げて、笑う。その姿に、思わず駆け出していた。









120912