初めて乗ったバイクのタンデムが思ったよりもずっと快適だったのは、洋平くんが気を使ってくれたからだろうか。あの日送ってもらった後、危ないから残業の日は送るという彼の申し出を断って、 別れた。礼を言う私をさらりと受け流し、颯爽とバイクに跨る姿は様になっていて、どこかの俳優のようだった。お茶の一つも出せなかったのはもどかしい。会うことがあれば、また礼を言おう。 きっと彼は困ったように笑って、好きでやったんすよ、と言うに違いない。あの時、抱きつくわけにもいかず、洋平くんのジャケットの裾を握りしめた私の手を、危ないですよと優しく引っ張った彼の手は、 ごつごつとした男の手だった。皮の固まったがさがさとした掌に少しばかりどきりとして、申し訳程度に腰に回した腕が強張ってしまったのが、彼に気づかれていないだろうか。あれから、 暇ができると途端にそんなことばかり考えていた。そうしてお昼には窓越しに彼を探した。彼と顔を合わせるのはこの一瞬だけだ。彼もお昼だったのだろう、ちょうど道に出てきたところだった。 そうして、私に気付いたようだった。洋平くんは微笑んで、手を挙げた。だから私も微笑んで、手を振ったのだった。


 もう少しで、この大仕事も落ち着くかな。洋平くんからメールが来たのはそんな日のことだった。家まで送ってもらったあの日から、ざっと十日ほどが経った頃だった。仕事も大詰めにかかっていたし、 喫茶店に行く暇もなく彼とはほとんど顔を合わせていなかった。そんなときの突然のメールは、予想外にも映画のお誘いだった。仕事が落ち着いたら、連絡ください。絵文字も何も使われていないその メールは、なんとも洋平くんらしいメールだったけれど、私に仕事のペースを上げさせたのは言うまでもない。その日の昼、窓の外の彼と目が合ったとき、微笑む姿に何かが心臓で動いた気がした。 彼からのメールに明日にはと返して、仕事に取り掛かっても、心臓の中の何かは消えることはなかった。









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