椅子の上でぐっと背伸びをしたとき、時刻はちょうど十二時を回った。ひと段落つくのに思ったよりも時間がかかってしまったことに、は眉を寄せた。 けれどもそれも仕方がない。溜息を一つついて立ち上がった。外は寒そうだ。早く帰って寝よう、明日も早い。呆然とそんなことを思いながら外に出た。案の定、 風は冷たく、しんと静まり返った夜の世界は一層寂しさを募らせた。普段は見ない夜の顔をしたこの街は、こんなにも冷たかったのか。少し感傷に浸りながら、 空を見た。今夜は星がこんなにも美しい。ふと、視線を前方に戻したとき、思わず、あ、と声が出た。綺麗な星空の下、煌々と照らされたそこには、黙々と働く彼がいたのだ。 こんな時間まで働いているなんて。自分のことは棚に上げて、純粋にそう思った。働いている姿を直接見るのは初めてだった。バイクに向けられた真剣な眼差しは、初めて見る。 いつもは優しげな彼の瞳が、力強く輝いていた。目を逸らせずに幾分も見入っていた。気づいたときには、彼はバイクに向けていた視線を持ち上げていた。目が合う。 彼が心なしか驚いたような顔をしている。思わず少し笑ってしまった私に、彼ははにかんだ。「さん、今仕事帰りですか?お疲れ様です」まだ仕事をしている人に言われると なんだかくすぐったいような気持になる。「そう、洋平くんはまだ仕事?お疲れ様」けれどもそれも、優しげに微笑むその目元に、どうでもいいやと思えてしまうのが煩わしい。 「いえ、もう上がりです」洋平くんは立ち上がって伸びをした。そうしてから、手招きをして私を呼んだ。それにつられて私はほいほいと道を渡る。考えもなしに、ただ純粋にうれしかかった。 それは何故だかわからない。けれど、嬉しかったのだ。私が無事に道路を渡り終えるその時まで、彼は私から目を離さなかった。近づくにつれてわかるオイルの匂いが、 洋平くんの匂いだと思った。少し汚れたつなぎも、真っ黒な軍手も、なんだか酷く崇高なもののように思えた。私も、頑張らなきゃ。目の前にやってきた私に、少し腰をかがめながら遅いですから、 送っていきますよと言った時の洋平くんは、驚くほど魅力的で、眩暈がした。









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