あれからよくあの喫茶店で顔を合わせるようになったさんは、思っていたよりもずっと可愛らしい人だった。初めて言葉を交わしたあの日、 さんは会計を忘れて店を出た。しっかり者だと思っていた彼女は実は結構なおっちょこちょいで、翌日喫茶店で鉢合わせた時、真っ赤な顔をして謝っていた。 気にしないと言う俺に、意地でも代金を受け取らせようとする彼女は思った通りの頑固さを見せていたけれど、じゃあ今度奢って下さいと伝えると、困ったように眉を寄せてから、 ありがとうと笑った。そのせいか、さんは俺に対して気を許してくれたようだった。最初こそ水戸さんと余所余所しげに呼んでいた彼女も、今では洋平くんと呼んでくれている。 それは、毎日硝子越しに横顔を見るだけだったあの頃から比べれば、大きすぎるほどの進歩だった。目が合っただけでも、奇跡だったのに。 カラン、と扉鐘が聞きなれた音をたてた。いつもは森閑としているこの店も、その瞬間だけは外の音を飲み込んで騒がしくなる。けれどそれもほんの一瞬で止んで、 今度は彼女の穏やかな微笑みと、耳触りの良い声が響いた。今日は、彼女が来ていた。それだけでこの店の辛気臭さは幾分も和らいだ。自然と足は隣の席へと進む。 体は正直だな、と自嘲して、けれどやはり正直に椅子を引けば、彼女もまた楽しげに笑った。仕事が忙しいと言っていた通り、少し疲れの見える顔はけれどもとても輝いていて美しかった。 |