今日は外に食べに行こうか。唐突にそんなことを思ったのは何故だったか。毎日のように覗いていた外の景色にも、彼との会釈にも慣れてきた頃であった。 この会社に勤めて三年、外に昼食を摂りに行ったのは数えるほどしかなかった。同僚には何度か誘われたことがある。けれど態々長蛇の列に並んでまで、 人気店にランチをしに行くのは面倒以外の何物でもなかった。そうして仕事を理由に誘いを断っているうちに、誘われることはなくなっていた。 しかしそれを悲しいとか切ないとか思ったことはない。飲み会には毎回参加していたし、別段職場で嫌われていたわけではなかった。それに何より面倒事に巻き込まれずに済むのはありがたかった。 十二時丁度に席を立った私に一番に驚いたのは、直属の上司である土屋さんであった。彼はいちいち反応が大きい。 それは、彼の愛想の良さを示していたし、馴染みやすい関西弁のイントネーションとその顔立ちとが合わさって、性別を問わず職場での人気は上々であった。 けれどそれは一般論であって、私は彼が苦手である。何より馴れ馴れしいのだ。「なんや、ちゃんが外で飯食うなんてめずらしいなあ」土屋さんはにこにこと笑いながら言った。 「たまには気分転換でもしようと思いまして」目を見ることもなく、素気なく言い放ちデスクの前を通り過ぎると、彼はいってらっしゃいと笑いながらの背中に声をかけた。 一人暮らしを始めてからもう数年経つというのに、この辺りの店には詳しくない。元々の出不精と、人付き合いの悪さが相まって、大方行く店は決まっていたし、 それで事足りていたからだ。若干の後悔の念を抱きながら、しかし今さら会社に戻る気にもなれない。手持無沙汰に街を歩きながら、一抹の寂しさを感じたが知らないふりをした。 道向かいの今時のカフェは賑わいを見せている。以前同僚が、おいしいランチとイケメンの店員のいるカフェの話をしていたのを思い出した。きっとここに違いない。一瞥でわかるほど、 多くの客が女性であった。こういう店は好きじゃない。できれば、昼食の時ぐらい静かに過ごしたいのだ。ふと、視線を前に戻した。古びた看板と、小汚い扉が目に入った。古臭い、 昭和の匂いの消えない店構えが、どこか懐かしい。ランチありますと素気なく書かれた文字がやる気なく踊っている。普段なら間違いなく見逃していたその店に気付いたことが嬉しくて、 ためらいもなく扉に手をかけた。背中に若い女性の小鳥のように賑やかな声を聴きながら、まるで森の中のように薄暗く静まり返った店内に足を踏み入れた。 |