女は然も当然の様に俺の腕に絡みつき、たわわな胸を押し付けた。そうして粘着質な鼻にかかる声で、まるで恋人か何かのように甘えたことを言う。それは頗る不愉快だった。 最中はなかなかに魅力的であったこの声も、女独特の柔らかな姿態も、終わってしまえば何とも思わない。それどころか、頭が悪そうだと思うばかりで気味が悪い。女の戯言を無視して足早にその場を後にした。 後ろで金切り声をあげる女の名前など、もうとうに忘れていた。

なぜあんな女を抱いたのだったか、現在の借り宿に戻ってから一頻り考えて、止めた。こんなことで頭を悩ますなど、馬鹿げている。風呂上がりのブランデーはふわりと薫りながら鼻に抜け、 そうして脳髄までもその甘さで犯す。それはまるで極上の女を抱いたときの恍惚に似ていた。そうして、思い出す。そうだ、あの女の顔が、少しだけに似ていると思ったのだ。それで、抱いた。 けれども実際は似ても似つかぬような暗愚な女だった。顔だけは、確かに少しに似ていた。切れ長の、漆黒の瞳が浮かぶ目だ。けれど彼女はあんな風に卑猥な声を出さない。そうして卑俗な行動もとらいない。もっと艶めかしく 情緒的な声で、薫り立つような笑みを浮かべ、そうして激しく、けれど優美に舞うのだ。思い出すだけで、ある種の快楽を堪能したように酔いしれることができる。はまるで依存性の高い藥の ような女だった。ふらりふらりと舞いながら、現れては消え、消えては現れを繰り返す。そうしてそのたびに、掻き毟るほどの飢えを残してゆくのだ。その飢えが消える頃、また現れては刻んでゆく。 いっそ現れなければ消えるのに、彼女は決してそうさせてはくれない。傾けたグラスから芳醇な香りが広がった。口に含んで改めて感じる甘美さは、濃厚で妖艶な薫りをもって全身に染み入るように広がり消えた。 そろそろ、切れる頃だった。







Henri IV Dudognon Heritage




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