たとえば明日地球が崩壊するとしても、私は普段と何一つ変わることなく今日を 過ごすだろう。 それは私だけでなく、隣で読書に勤しむ彼にも言えるかもしれない。ようするに 、私も彼もさしてこの世界に興味がないということだ。ぱらりと本の捲れる音が した。カーテン越しの陽光は妙に柔らかい。 私は私自身の興味が何に向いているのか知らない。まして彼の興味など知るよし もない。ただ一つ言えることは、彼も私も飽き性だということだ。コーヒーカッ プを手に取る音がした。それから耳障りな音をたてて、そのカップは破裂した。 自分の命にすら時たま飽きることがある。これは非常に言葉にしにくい感覚で、 けれど敢えて言うのなら無感情という言葉が一番近いかもしれないと思う。近い だけで、この感覚はもっと奥が深い。なんせクロロも同じようなことを言ったこ とがあるのだ。音の発信源に一瞬感じた人の気配は間もなく消えた。変わりに窓 ガラスが赤く染まって部屋中が鉄臭くなった。 どんな状況下でも、(それは自分が殺されかけているという極限の状態であっても) 世界を地球規模で客観視することはさして難しいことではない。少なくとも私と クロロにとってそれは当然のことで、無意識に行なっていると言っても過言では ないからだ。クロロは何事もなかったかのように読書に励んでいた。粉砕したは ずのカップも溢れたコーヒーも跡形もなかった。 なぜ私やクロロがそんなにも容易く客観視できるのかと問われれば、答えは一つ しかない。私やクロロにとって本当に命を脅かす存在など、ないに等しいのだ。 誰もが私たちを殺そうと躍起になって、脆く散っていく。血みどろの窓ガラスに また人の気配がした。軽く睨みつけてやると人の気配は消えた。 是非、一度はそういう人間に会ってみたいものだと以前クロロに話したことがあ る。たしかその時クロロはこう言ったのだ。本当にいるのならなと、そうしてか らこうも言った。「面倒事はあまり好きじゃない」クロロは長い足を組直して眉 を寄せた。テーブルの上には二つのコーヒーカップが並んでいた。 クロロの淹れるコーヒーはうっとりするほど美味しい。その美味しさと言ったら 、そう、何かを深く考え悩むことが馬鹿馬鹿しくなるほどだ。コーヒーシュガー をひと匙、ミルクをほんの少し垂らしてぐるりとかき混ぜた。それからゆっくり と口を付けてほっと息をついた。 クロロは面倒だと言いながら、自ら面倒事を選んでいる節がある。たとえば私の 分のコーヒーまでわざわざ淹れてくれていたり、面倒なことこの上ない職業に就 いてみたり。しかも彼の能力自体が非常に面倒臭い。何せ相手を殺しちゃいけな いのだ。場合によってそれは殺すより何倍も面倒で疲れることなのに。以前それ について尋ねたとき、彼はこう言った。「暇つぶしだ」クロロの漆黒の瞳は私を 映していた。映し出された私の顔に表情はなかった。 クロロも私も、随分と我が儘で貪欲だ。欲しいものは何がなんでも手に入れない と気が済まない。奪い取ってでも、殺してでも手に入れる。その上、飽きるまで は異常なまでの独占欲を見せる。他の人間が触れようものなら、たとえそれが仲 間であれ容赦なく切り捨てる。私の鼻先をクロロの黒髪が掠めた。それからちゅ っと音をたてて、ついばむようなキスをした。 そのわりに、私たちは飽きたら酷く残酷になる。握っていたのが嘘のように、爽 やかな笑顔で手を振るのだ。もう用なしだと、暗に示しながら。私たちは暇つぶ しが大いに必要な人種だ。世の中にも自分自身にもさして興味をもたないからだ 。いつでも興味の対象を探さなくてはならないのは、ある意味とても面倒なこと であるけれど、クロロは過去にこう言ったことがある。「面倒事よりも無意味な 暇のほうがよっぽど厄介なんだ」クロロの舌は私の口内を掻き回していた。延び た銀糸が酷くいやらしく弧を描いた。 「そうだろう?」 どちらともなく口角を吊り上げた。妖艶な笑みは、一体何を考えているのだろう か。愛という名の暇つぶしは、まだまだ飽きそうにない。 |