「これだけの成績なら、まず問題ないだろう」


しかし勿体ないなあ、もう少し頑張れば国公立も目指せる成績だぞ。担任は口惜しいと言いたげな顔をして佐助を見た。熱い教師の眼差しは正直鬱陶しいが、佐助は愛想笑いを 浮かべてとりあえず頷く。さっさと帰りたいのだが、長話はなかなか終わらなかった。かれこれ30分は拘束されている。それも、何度も聞いたような話ばかりだ。佐助は職 員室の壁に無造作に掛けられた時計を見た。時刻は5時52分、スーパーのタイムセールは6時30分からだったはずだから、まだ間に合う。佐助が聞き流しているとも気付か ずに担任はまだ話し続けていた。そろそろ佳境に入ったのか、熱の入れようがさっきまでと違う。


「まあ、婆娑羅大学なら学費免除だしな、」


少し興奮気味にそう言って、最終的には本番気を抜くなよ、で終わる。お決まりの決め台詞に満足したのか、満面の笑みでもう帰っていいぞと言う担任に、やっと終わったと思わ ずため息をつきそうになって飲み込んだ。窓からは夕日が差し込んでいる。時計の針は橙の光を反射してよく見えない。佐助は気の抜けたような軽い声で失礼しましたー、と気持ち 程度の挨拶をして廊下に出た。夕暮れ時の廊下は、暗い。橙色の暗さは、真夜中の暗さとは違う悲しさと温かさを秘めていた。佐助の影が、暗い廊下にうっすらと伸びて溶け合う。 気持ちばかりの蛍光灯は夕日に完全に負けていて意味をなしていない。廊下を踏みしめながら、少しばかりメランコリックな気持ちになって、国立目指してみようか、と冗談じみた ことを考えた。どうせ、そんなやる気もない。教室に残った生徒の笑い声が幽かに耳に響いて、穏やかなBGMのように流れて消える。その中に響く聞きなれた声につい耳を欹てて、 佐助は足を止めた。「えっちゃん結局専門に決めたの?」「うん、やっぱりどうしても諦められなくて」「いいじゃん、夢追っててかっこいいよ」彼女の声は少しの興奮と未来への 希望が滲み出ていた。


は、第一希望は相変わらず?」


軽い気持ちで聞いていた会話に、思わず本気で聞き耳を立ててしまっていた。壁の向こうの無邪気な夢追い人に、少しの羨望と、興味が、佐助の足を立ち止まらせた。ちゃんはど こに行くのだろうか。他の教室からはいまだ楽しげな声が漏れている。笑い声は華やかで、若々しい。佐助はそっと息を潜めた。


「うん、変わらない、――大学」


まるでちゃんの言葉をかき消すように、隣の教室から叫び声が上がった。元よりあまり大きな声でなかったちゃんの声は完全に飲み込まれて、聞き取れない。急に脱力した佐 助ははあと息をついて踵を返した。なに、また直接聞けばいい。階段を駆け下りながら開いた携帯は6時30分の時刻を伝えていた。同じクラスでありながら、未だ志望校を聞けずに いるという事実を忘れる様に、佐助は走り出していた。









黙っていれば聞こえた声



120311