まだ冬というには早かったが、けれども秋というには寒い。夜も10時を過ぎれば、芯から冷えるような風が吹く。もう、そんな季節だ。まだひと月はあるクリスマスに向けて、 辺りはキラキラと着飾られていたが、それもこの雨では誰も見る人はいない。佐助は乱雑に置かれた雑誌を丁寧に整えながら窓の外を見た。夕立というにはあまりに荒々しい雨は強い 風を伴って吹き荒れている。こんな日にわざわざコンビニまで来る客もいない。がらんとした店内を見回して、佐助はため息をついた。最近ほんと、ツイてない。あと1時間もすれば上 がりだったが、この天気では帰るのすら億劫だった。とぼとぼとレジに向かいながら、旦那の夕飯のことを考える自分にも辟易しながら、あ、そういえば今日旦那デートだったと思い出 してたまらずため息が出た。(俺様こんな阿呆だったっけ?)減りもしない肉まんの在庫をチェックしながら、受験生が何してんだ、と急に真面目になってみる。今更1日くらい勉強し なくたって、そんな変わることもないでしょ、と楽観的になってみて、これで落ちたら笑える、と自嘲した。最近俺様やっぱ病んでるわ。そんな延々と続く思考の渦から佐助を現実に引 き戻したのは、吹き込んできた冷たい外気だった。要するに、扉が開いたのだ。


「あ、いらっしゃいませー」


タイミングを逃して間の抜けた声が出た。自動ドアは外気を遮断するようにその口を閉じる。飲み込まれた客はびしょ濡れになった体を震わせて俯いていた。どうやら傘を忘れた らしいその女は、カバンの中から取り出したタオルで乱雑に体の雨を払うと、慌ただしく傘を引っ掴み、レジへとやってきた。よく見ると、女はあの喫茶店のウェイトレスだった。思 わず、あ、と声が漏れたが、彼女には届いていないようだった。傘を受け取ると、嵐のように去って行った彼女の後姿を目で追いながら、佐助はただ茫然と一人残されたコンビニに突っ 立っていた。



あの女を最後に、結局客は来なかった。外を歩く人ですら、疎らでほとんどいなかった。あれからますます酷くなった雨は、止むことを知らないように降り続いている。立ち疲れした 足が怠い。賞味期限切れの弁当を仕分けながら、欠伸を一つ。ああ、今日の夕飯は何にしようか。ちらりと時計に目をやった時、背後で重たい扉が口を開けた。


「いらっしゃいませー」


タイミングよく出たマニュアル通りの挨拶に、客は「あ、」と声を上げた。聞き覚えのある声に振り返ると、そこにはちゃんが立っていた。閉じた傘を丸めながら、猿飛じゃん! と驚いた顔をしている。ちゃんの鼻先は真っ赤だった。


「ここでバイトしてるんだ、知らなかった」


へえ、と感心したように近づいてきたちゃんの体は並んだだけで冷えているのがわかる。冷たい空気を発しながら、彼女はにやりと笑った。賞味期限切れの弁当が入った籠を床に置 きなおして、佐助も笑う。


ちゃんこそ、こんなとこ来るんだねー」


俺様の問いに、彼女はホットドリンクの棚に目を向けながら、うん、予備校近いの、と答えた。レジの前に突っ立って話す客と店員の図はいささか面白い。佐助は弁当を持ち直すと、彼 女の横を通り抜けレジに入った。ちゃんはまだ何を買うか悩んでいるようだった。


「予備校帰り?」
「そうだよ、そしたら土砂降りで最悪」


彼女はようやく決めた伊○衛門を佐助に手渡して、眉間に皺を寄せた。外は相当酷い状態だったのだろう。もうウンザリと言いたげだった。店内には佐助と彼女しかいなかった。 ゆっくりとレジを打っても誰も怒る人はいない。佐助は手を動かしながら、なんとなく彼女を見た。ジーパンにファーの付いたミリタリーコートを着た彼女は、この前見たときのように 大人びては見えない。寒さで赤くなった頬は、どこか幼くすら見えた。きゅっと閉じられた唇は柔らかそうだ。意外に大きな目が、訝しげにこちらを見ている。どうしたの?と尋ねる彼女 に、思わず「俺様もう上がりなんだけど、一緒に帰らない?」と声をかけたのは、男として当然だと思うことにした。








天啓なんかいらなかった



120124