可愛らしい手書きの看板に、わざと古びた風に細工された扉が洒落た店構えの喫茶店は、駅前でありながらその存在を隠すように小ぢんまりと佇んでいた。大き く取られた窓には初秋の夕日が映って、橙に染まっている。中には何人か人がいるようだったが、窓は夕日を反射してよく見えなかった。斜め前の大手予備校で は学祭の振替休日など知らぬとでも言いたげに、大勢の生徒が授業を受けている。その中で必死になっているであろう旦那の姿が想像に難くなくて、つい口角 が上がった。時刻は17時前、授業が終わるまで、あと2時間ほどあった。喫茶店で時間を潰すのには丁度良い暇だ。佐助は少し冷えた手で扉を押した。カラン と小さく鳴った鐘の音に、店員の愛想のいい声が出迎える。

店内は思ったよりもずっと古びた感じだった。可愛らしい女性店員が少し浮いて見える。もう何年も ここに立っているという風な、ほんの少し昭和くさい内装に、あの扉の汚れはわざとじゃなくて本物かもしれないと思いながらぐるりと店内を見やった。狭い店 内にはカウンター席に2人、テーブル席に1人客がいる。扉を入ってすぐのカウンター席にはなんとなく座りづらくて、窓際のテーブル席にそっと腰かけた。暇 つぶし程度に持ってきた赤本をテーブルに置きながら、コーヒーを頼む。たぶん年上であろう女性店員は、赤本に書かれた大学名をじっと眺めながら頑張ってね 、と笑った。


1時間ほどたった頃だったか、揺蕩うように穏やかに流れる有線のメロディが、カランという鐘の音で不意に途切れた。手を止めて、何の気なしに顔を上げる。 そこにいたのは竜の旦那だった。意外な人物の登場に、思わずコーヒーカップに伸ばしかけた手を止めた。彼はまだ俺様の存在に気付いていない。竜の旦那は慣 れた手つきでカウンター席に座った。女性店員に親しげに話しかける声が聞こえる。いつもとは違う穏やかな声に驚きを通り越して背筋がぞわりとした。こちら からでは見えないが、きっと顔も旦那がはなを見るような、そんな顔になっているに違いない。逐一見せるほんの些細な行動を見ただけで、ああ、なるほど、と納得し てしまった。それと同時に、これはばれずに出るのは不可能だな、と悟った。あと1時間以内に彼が帰ることはないだろう。ならいっそ、話しかけてしまおうか 。その時の彼の反応を想像して、笑いが止まらない。これはいいネタができた。と思う反面、殺されないようにしなくちゃねぇ、と冷えたコーヒーを飲みほした 。そうして席を立とうと立ち上がりかけて、見知った姿が視界を掠めた。窓の外を覗くと、私服姿のさんが、扉に手を掛けあぐねているところだった。その視 線の先には竜の旦那。ああ、確かに入りづらいわな、と思いつつ、彼女の行動が気になって、目で追う。さんは俺様には気づいていないようだった。ジーパ ンにタートルネックの薄手のセーターというシンプルな格好は、思いのほか彼女を大人びて見せた。はなとは真逆だな、と思いながらも、制服とは違うその姿に 心惹かれるものがあった。制服だと年相応なのに、私服だとぐっと落ち着いて見える。そうして彼女はその姿に違えることなく、そっとその場を後にした。竜の 旦那の姿を目にして、空気を読んだのだ。あれは、きっとはなではできまい。なぜかその一連の動作に目を奪われて、竜の旦那に声をかけるタイミングを見失っ た俺は、気づかれるまで気づかぬふりをして、喫茶店に居座り続けてしまった。








可笑しくて吐きそう



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