ここで待っていても、誰かが来ることはない。誰かと言っても持っている人間は決まっていて、そうして彼女がここへ来ることは、ないのだ。 今頃旦那と手でも繋いで帰っているに違いない。もう、全てが終わったのだ。本当に最後まで、俺様は忠実に脇役を演じてしまったと思う。そんな必要ないのに 、諍うことすらできなかった。放課後の教室はこんなにも寂しかったかと思う。差し込む夕日が眩しい。教室中が橙に染まり、そのまま俺自身も溶けて消えてし まいそうだった。いっそ消えてしまえたら、楽だろうにと思う。いつも飄々と生きているつもりで、なぜかこんな損な役回りばかりが巡ってくる。罰かな、色々 と。自嘲気味に笑って、コツコツと机で指を弾いた。だらけて座った椅子から、右腕がやる気なく垂れる。左手の刻むリズムは、自分の耳にだけ届いて消えた。 俺の音は、誰にも届きはしない。暗にそう示されたような気がして、一層皺が深くなる。ああ、なんで俺様本気になんかなっちゃったんだろう。いつも通りに皆 に愛敬振り撒いて、寄ってくる女の子と遊んどけばよかったのに。特定の女の子なんか作らないでさ、ただ女の子の恋愛ごっこに付き合って、俺は欲を吐き出せ ばいい。こんな姿、とても旦那やはな(あ、山村のことね、山村英恵って言うの)には見せられないと思った。それどころか“いつでも余裕の佐助くん”の弱い 姿なんて、誰にも見せられない。ふと気づけば、大分時間が経っていた。もう旦那たちと鉢合わせることもないだろう。こんなことにすら気を使う俺は、やっぱ りどうかしていると思う。けれどやめられない性分なんだと、溜息を吐いて立ち上がった。そうして朱く染まるカーテンを捲り上げ、窓のサッシに手を掛けた。 そうして、その視線の先に誰かがいることに気が付いた。夕日で顔が埋もれて、よく見えない。けれどどこかで見た顔だと思う。誰だったか、と考えて、そうい えば前にもこんなことがあったな、と思い出した。あの時は、確か逆だった気がする。俺が外で、女の子が、そうちゃんが中にいたのだ。そこまで思い返し て、また目の前の女の子に目を向けると、彼女は大声で猿飛、お疲れ!と叫んでいた。そうしてその声に、ああ、やっぱりちゃんか、と勘が当たっていたこ とに笑う。 「ちゃんも、お疲れ!」 傷心していたからかもしれない、ただ気分が乗っただけかもしれない。けれどちゃんの目に俺が映って、そうして俺に声が届いた、その事実が無性に嬉しか ったのは事実だった。だから俺らしくもなく大声で返事をした。こちらから彼女の表情は伺えない。けれど、それでもいいのだ。彼女には俺が見えている。あの 時のように。 「元気そうでよかった!」 ちゃんはそう叫び返した。きっと、その言葉に他意はないだろう。けれど、なぜか彼女は全てを知った上でそう言っているようなそんな機微を感じた。 それは、俺のただの思い上がりだったのかもしれない。けれど今は思い上がりでもいいと思った。ただ今は少女漫画の脇役じゃなくて、ただの猿飛佐助としてい られることに心の底から感謝した。一瞬陰ったその時に垣間見えた彼女は、柔らかに微笑んでいた。 |