「あぢー」 思わず声が漏れた。漏らさずにはおれなかった。どんなに勢いよく下敷きを仰いでも、流れる風は蒸し暑いままで決して涼をとらせてはくれない。夏休みの受験勉強に、学校ならクーラー完備でちょうどいい、 と参加した補講は、なぜかクーラーの整備のせいで汗だくで受ける羽目になっていた。あまりの暑さに、まだ家の方がましだと嘆かずにはおれない。なぜこんな状況で勉強などしなくちゃならないのだ、 と睨みあげた担任は素知らぬ顔で汗をぬぐい、始め、と掛け声をかけた。一斉に問題を解き始める生徒たちは、皆暑さに辟易しながらも、とりあえずペンを走らせる。全開にされた窓から入る風も、 決して涼しくはなかった。揺れる白いカーテンは涼しげなのに、見た目だけだ。溜息しかでない。盛大に溜息を吐いて、ふと視線を横に逸らせた。左横の伊達は暑さなどものともせぬ様に、 さらさらとペンを走らせている。あいつ眼帯の下蒸れないのかな、とどうでもいい疑問が頭を過った。これも暑さのせいだと言い聞かせ、今度は右横に目を向けた。隣の列の一番前には、 これでもかと言うほど暑苦しい空気を放つ真田が陣取っている。その姿にあいつ1人で教室の温度が2度は上がっているに違いない、と思ってしまった。夏は絶対に会いたくないやつだな。 (間違いない)二度ほど自分に頷きながら、もう一度真田を見た。そして、気が付いた。(あ、山村さん、真田のこと見てる)それは、まさに少女漫画のワンシーンだった。自分の恋心を再確認する、 少女の純粋な瞳は只管に真田に注がれていた。(なんて、可愛らしい)思わず山村さんを凝視してしまう。そうして、また気づいてしまった。その山村さんを後ろから見つめている猿飛の存在に。 (見てること、きっと猿飛も気づいてる)山村さんの首の角度から、いや、そんなことよりももっと心情的なところから、猿飛は山村さんが真田を見つめていることに気付いているのだろうと思った。 それはやっぱりあのドッヂボールの時よりも、猿飛がより一層切ない目をしているせいだろう。切ないだけではない。その目はどこか儚げでもあった。きっと報われないことを悟っているのだろう。 そうしてきっと彼は、自ら真田と山村さんを後押ししているに違いない。猿飛は、驚くほど器用で、そうしてそういうところだけ、酷く不器用そうな男だった。自分の気持ちを、きっとあの2人に悟らせはさせまい。 呆然と見やっていた猿飛が、不意に視線をこちらに向けた。ちょっと見過ぎただろうかと、慌てて視線を逸らす。その一瞬の間に見えた、猿飛の貼り付けたようないつもの笑顔が、今はとても悲しく見えた。 |