清々しい朝だった。夏の日差し、鳴り始めた蝉の声、爽やかな風。町並みは朝の澄んだ空気に朗らかに歌い、燦々と降り注ぐ陽光に微笑んでいる。は転げるように坂道を駆けていた。 額には汗がにじむ。翻るスカートの裾を気にすることなく、全力で駆け抜ける先にはバス停が佇んでいる。バス停は逃げはしない。けれど、バスは逃げる。(やばい、乗り遅れる!)全力疾走の を追い抜いて、バスは無情にも悠々とバス停に向かった。巻き上がる排気ガスに眉をしかめながらも、足は止めない。(もう少し、)バスはスピードを緩めて、そうして停車した。大丈夫、 これならギリギリ間に合う。独特の機械音を上げて扉が開くのが聞こえた。この距離なら、バスも待ってくれるはず。(あと、ちょっと!) 「さんおはよー」 背後から聞こえたのは、私を呼ぶ声。つい反射的に振り返り、足を止める。そこには、猿飛がいた。しかも悠々と余裕を見せる姿は、決してこのバスを逃したら遅刻という風には見えない。 ポケットに手を突っ込んで、肩から半分落ちた鞄を気にすることない猿飛の姿にちょっとイラつく。おはよう、と返してまた足を動かした。ドリフトしたバスが、早く来ないと行くぞ、 と威圧的に見えた。待って、今行くからもう少し待ってください。 「あのバス乗りたいよねー。でも俺様朝から走るの勘弁!」 へらりと笑った猿飛の声に、思わず脱力した。なんちゅうやる気のない声だ。走っていた自分が、バカみたいに思えてくる。額から汗が垂れる。目に入りそうになって、睫毛に付いた滴を拭った。 もうだめだ、走れない。走る気が起きない。項垂れるようにまた足を止めて、じろりと猿飛を睨みつけた。まだへらへらと笑っていた佐助は、あ、と言ってバスを指差す。 「バス行っちゃったね」 まあ、1限自習だから大丈夫でしょと言ってまた笑った猿飛に、最悪だわーと溜息をついたけれど、日に当たる橙の髪とか、笑う顔が思いのほか爽やかで、なんでもいいやと釣られて笑った。 |