「おらー!そっちボール行くぞ!」


球技になるとやたら張り切る男子の大声が響いた。体育館は妙な熱気に包まれている。盛り上がる男子、噂話に花を咲かせる女子。1、2組合同の体育は、体育教師の休みで自習になっていた。 つまるところ、体育館を使って遊べという指令である。ドッヂボールでえらく火花を燃やす伊達とチカちゃんは、いずれ死闘にでもなるんではなかろうか。なんだかあそこだけ空気がおかしい。 真田はいつも通り五月蝿いし、猿飛はなんだかんだ飄々とチカちゃんの荒れ球を躱している。えっちゃんと噂話に参加して、昨今の女子高生はませてますなーなんて老けたセリフを吐きながら、 本当にあの試合に参加しなくてよかった!となぜか命拾いしたような気持になった。ちらちら覗き見する先では、ボールが異常な速さでコートを飛び回っている。本気で死人が出るレベルの速さだと思う。 マジで。山村さんは早々にぶつけられて外野に出ていた。それでもチカちゃんのボールを正面から受け止めた真田を見て、恋する乙女の顔をしている。(というかよくあれに参加する気になったな。 下手したら死ぬよ、あれ)少女漫画のワンシーンを見ているようだった。(ああ、青春)真横でやってるドッヂボールが、酷く遠く感じた。声も、熱気も、他人事の様だった。 行き交うボールは未だその速さに衰えを知らない。こんなの女子が当たったらけがする。(あ、危ない)呆然と眺める先で、チカちゃんの剛速球がストレートに山村さんに向かっていくのが見えた。 一瞬、その瞬きの間にボールは山村さんに当たることなく、鈍い音をたててコートに転がった。はっとなってボールを見やる。その先には猿飛がいた。そうして、山村さんの目の前には真田がいた。 山村さんは何も気づいていないようだった。真田の顔を見て不思議そうに大きな瞳を揺らしている。


「あちゃあ、ボール取れなかったから俺様外野?」


猿飛はへらりと笑って両手を顔の横で軽く振った。その顔はチカちゃんに、けれど目線は山村さんと真田に向けて、眉を下げたのだった。その顔はちょっと切なげに見えた。たぶん気づいたのは、 ちょうど山村さんの後ろ側にいて、そうして呆然とコートを見ていた私だけだろう。その顔は、失恋のそれだと思った。ろくに経験もないけれど、女の勘がそういうのだから間違いない。 (そうか、猿飛も山村さんを)今まで全てのボールを避けていた猿飛が、ボールを取りに行ったのは、その弾道が山村さんに向いていると気付いたからだったのか。妙に納得してしまった。 (猿飛なら、やりそう)それからの試合はただずっと猿飛と山村さんを目で追っていた。この切ない三角形に、少女漫画かと突っ込んでやりたかったが、目の前で目の当たりにすると意外にも言葉が出なかった。 誰も知らない秘密を知った気分は、なんだか酷く憂鬱だった。








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