誰だ、秋の清掃週間なんか考えたやつ。出てこい、んで、ここで謝れ。いや、謝ってもらっても困るな、とりあえずこの掃除を代ってもらおう。 話はそれからだ。なんていうバカげた思考は、えっちゃんからの今日のパフェは中止ね、という私の今日の目的を一瞬で白紙に戻すメールで中断した。 うおーマジでこの子クール!変なところで熱くなるくせに!真田の話し方とか!とりあえず携帯をポケットにしまいながら溜息を吐いた。なんたって今日 はツイてない。最も楽だと思って3年間貫き通した美化委員会に、今年から清掃週間とやらができていたことを、私は知らなかった。そんなだから、 いつもなら10分もかからない委員会に、まあいいやでやってきたのだ。そうしてら、こんなんなんだもの、やんなっちゃうわ。ぶつぶつと文句を言い ながらも、とりあえず手は動かして、やってますアピールをする。誰がこんな校舎裏使うよ、今時告白でも喧嘩でもこんなところ使わないよ。もう一 度盛大に溜息を吐いた。溜息の数だけ幸せが消えるらしい。でももういいんだ。どうせ今日のパフェはおじゃんだ。 「さん、盛大に溜息ついたねー」 へらへらと笑いながら話しかけてきたのは猿飛だった。怠そうに箒に体重を掛けながら、完全に休めの態勢に入っている。濃い緑のヘアバンドと、 明るい橙の髪色が、なんだか秋っぽい。葉を赤く染めた楓の木に、ちょっと似ていると思った。 「だってこれ、溜息も出るでしょ」 心底いやそうな顔をして、言った。それから、裏切られた気分だよマジで、と続けて呟けば、はは、俺様もそう思うーとまた猿飛はへらへらと笑った。 そうしてちらりと委員長を盗み見して、あの委員長すげー真面目なんだよねー、だからこんなの提案しちゃってさ。しかもそれが生徒会の会議通っ ちゃうから厄介だよ。と眉を寄せた。なるほど、あの委員長が主犯か、私の最初の疑問が解消し、少しすっきりする。しかし、わかってたなら止めろよ猿飛。 「ちょっと、山村さん生徒会でしょ、そこ融通利かせといてよ」 笑いながら猿飛の肩を軽く叩いた。この会話に大した意味はなかったし、私の言葉にもどうという意味はなかったのだが、猿飛はははは、と乾いた笑 みを零すばかりで何も言わない。どうしたのかと顔を覗くと、猿飛は思いのほか真面目な顔をして、そうしてぽつりと呟いた。 「あいつは俺様の話は聞かないからねー、旦那のこと以外」 声は酷く明るかった。けれど猿飛の顔は冗談染みたその言い方とは似ても似つかぬほど、切なく歪んでいた。今にも泣いてしまいそうだと思った。 至近距離で見るには、心臓に悪い。つい、私も押し黙る。そうして息を呑む。猿飛はすぐに、傍から見てもわかるでしょ?あいつと旦那のこと、 といつものへらへら笑いに戻って言った。まるでさっきの表情は錯覚か何かだったのかと思うほど、猿飛は飄々としている。思わず私もいつも通りに、 あれでわかんない奴いたら相当だよー、と返して笑った。あれは、見なかったことにしよう。それが、たぶん正しい。猿飛はふと顔を逸らして、あ、 みんな集合してる、と会話を止めた。その言葉に私は胸を撫で下ろした。このまま二人でいたら、良からぬことを口走ってしまいそうだったからだ。 「ちゃん行こうか、」 そう言って振り返った猿飛は、どこか安堵したような顔をしていた。私が突っ込まなかったことに、ほっとしているのだろうか。猿飛は本当に不器用なやつだと 思った。きっと私があの顔を見てしまったことに気付いている。けれどそれを全てなかったことにしようとしている。 だったら最初からあんな顔しなきゃいいのに、私に言わなきゃいいのに。器用なやつほど、こういう時に不器用だ。なんて、哀れなやつだろう。 |