ただ捕えておきたいと思ったのだ。純粋に、ただそれだけ。けれどそれは叶わなかった。夢の中での話だ。最近、こんな夢ばかり見る。漠然と、ただ暗闇の中で考えている夢である。 この話を竜の旦那にしたら、莫迦の世話で疲れてるんじゃねえのか?と心配された。あながち、それも間違いじゃないなと思ってしまった俺様は、やっぱり疲れているからこんな夢を 見続けるのだろうと、考えることにした。

けれど、また、あの夢を見た。今度は狭い部屋の中だった。けれどやはり暗闇で、どんな部屋かは見当もつかないのだが、ただここは部屋の中だと思った。そこに人の気配はない。 ただ、やはり捕えなければと思っていた。そうでなければ、死んでしまうと思っていた。そうしてその焦燥感で、目が覚めるのだった。


ちゃんはどう思う?」

俺様の問いに対して一瞥もくれることなく、そう、と答えた彼女はいつも通りの冷たさを見せていた。かすがも吃驚のクールガールはこんな時でも健在というわけですね、 と仄かに思いを寄せる学友に溜息をついた俺を、 はちらりと見てまた本に視線を戻した。

「そう、てねー、俺様結構本気で悩んでんのよ?」

軽口をたたく余裕があると思ったのだろうか、 は、まだ大丈夫と言ったきり、もう耳を塞いだようだった。こうなってはもうだめだということを、 俺はよく知っている。もう一度溜息をついて、その場を後にした。


その日の夜も、夢を見た。今度はその部屋に俺がいて、俺は誰かを抱き上げていた。そうしてやはり捕えておかなければと思っている。暗闇の部屋の中で、 俺だけがぼんやりと浮かび上がって見えた。抱き上げているのは、誰だかわからない。ただ酷く求めていた。抱き上げた人物を。そうして誰にも見つかるまいと思っていた。

目が覚めた時、俺はこの夢が進行していることに気付いた。断片的に、けれど間違いなく進行していた。主役は俺か、それとも抱き上げた人物か。わからないが、 このままではいけないような気がした。全てを見たら、いけないような気がしたのだ。翌日から、寝る時間を極力減らした。旦那にまで顔色が悪いと言われたが、 笑ってごまかしておいた。俺様は、いったい何を思い出そうとしている?


けれどまた、俺は夢を見た。今度は抱き上げていた人物が、部屋の中に座っていた。そうして俺と抱き合っていた。彼女と俺は、まるで好き合っている恋人同士 のようだった。彼女の顔は見えない。けれど俺は何か苦しそうな顔をして彼女を抱きしめていた。そうして、今度は隠し通さなければと思っていた。

目が覚めた時、これはもう、しょうがないのだと思った。きっと、どう足掻いても最後まで見てしまうのだ。そう思うと、もう悩むのも莫迦らしいと思った。 俺様らしくいこう。いっそ清々しい顔をして保健室を出ると、旦那が心配そうな顔をして立っていた。俺が保健室にいると聞いて心配したらしい。俺様サボってただけだって、 とからかうと、旦那はなんだかんだといいながら、安心したように笑った。

教室に戻ると が寄ってきて、俺の顔を覗きこんだ。クールガールは何を考えているのかわからなくて困る。俺様でこうなのだ、クラスの奴らが気味悪がるのも 仕方がないと思った。こんなに綺麗な顔してるのに勿体ない。何かついてる?と尋ねても は答えなかった。そうして、漸く顔を背けるとき、 はこう言ったのだった。

「佐助、まだ思い出してないのね」


次の日、夢を見た。夢とは思えないほどリアルな夢だった。今まで上から見ていた情景に自分がいたのだった。俺様は、忍だった。旦那についている、結構優秀な忍だ。 なんとなく、それに納得した。ああ、道理で俺は人の顔色を伺うのが上手い。俺はあの部屋にいた。よく見ると部屋と言うには酷く汚く、独房に近い感じがした。 けれどそこには食料もあったし、生活するうえで必要な大概のものは揃っていた。ここで、俺は誰かを隠していたのだと思った。捕えておかなければと思っていた誰かを。 ふと部屋の奥を見ると誰かがうずくまっていた。俺はそっと近づいていく。これも忍の特性だろうか、足音は一切しなかった。ただ、彼女の息遣いだけが響いている。 俺は一歩一歩近づきながら総てを思い出していた。大将のこと、旦那のこと、俺様のこと、この時代のこと、そして彼女の存在。俺は、いや俺たちは愛し合っていたのだ。 禁忌を犯して、愛し合っていたのだ。忍が愛するなんて馬鹿げた話だ。けれど確かに俺は彼女を愛していた。そうして彼女も。だから、彼女はここへ来たのだ。俺との道を選んで。 其れは過酷な道であったのに。俺は駆け出したいほどの思いを抑え込んで残り二歩ほどの距離を進んだ。そうしてしゃがみ込む彼女を抱きしめようとして、異変に気付いたのだ。 彼女の息の荒さの尋常でないこと、これはまさに死ぬ瞬間であった。はっとなったが彼女は俺の存在に気付いたようだった。顔を上げることなく、ごめんねと言った。そうして、 見つかっちゃったと続けた。もう、ムリみたい。彼女は俺に凭れ掛かるように顔を押し付けた。こんなにも距離が近いのに、俺は彼女の顔が到底思いつかなかった。彼女を愛しているのに、 彼女が誰だかわからない。俺は彼女の顔が見たくて仕方がなかった。けれど彼女の顔は見えない。酷く、もどかしい。「来世で会いましょ」彼女は振り絞るように言った。 俺は絶対だと呟いて頷いた。その瞬間、糸が切れたように彼女の身体から力が抜けた。ずしりと圧し掛かる彼女はこんなにも重たかっただろうか。俺は、彼女の体を横たえた。 そうして、ゆっくりと、優しく、硝子細工に触れるように、顔にかかった黒髪を、払ったのである。そう、払ったのだ。その顔は、


俺は飛び起きていた。張り付いたシャツが気持ち悪い。額を流れる逸脱した量の汗が、そうして酷く速い拍動が、俺の動揺を如実に表していた。俺は全てを思い出していた。 まさに、全てをだ。其れは間違いなく真実だった。ゆっくりと深呼吸した。そうして名を口にした。

「思い出した?」

彼女の返事に、俺は動揺することも、訝しむこともなかった。ただ扉の前に佇む に目を向けただけだった。

「ごめんねぇ、エライ待たせちゃって」

彼女がそこにいることは、当然のことのように思えたからだった。 は、そう、昔からこんな奴だったのだ。だから、俺は惚れた。

「いいよ。いつもちゃんと来てくれるから」

その言葉に思わず一笑した。そうだ。俺はいつも、ちゃんと来ていた。あの時も。 は気づけば目の前まで来ていた。ベッドに座る俺を、上から覗き込んでいた。

、愛してる」

俺様は笑っていた。 も笑っていた。あの時とは逆の位置で、俺たちは抱き合っていた。









あなたのためのわたしなんです




111114