さて、彼と初めて出会ったのは団子屋の軒先であったわけだけれど、彼は随分と 団子屋の似合わない男であった。ひょろりとした身体に、猫か狐を思わせる眼、 よく見れば着ている着物は上物であるし、何より髪の色が夕焼け空のような橙で あったのだ。私は不思議で仕方なく、じろじろと男を見てしまった。しかし彼は さして気にする様子もなく団子を一皿頼むと、さも当然のように私の横に腰掛け た。そうして十年来の友人と話すような口振りで、最近調子はどうよ、と言った のだ。私はぎょっとした。なんせ団子屋には私のほかに客は彼だけである。要す るに、男は私に話しかけてきたのだ。けれども、私はなんの躊躇いもなく答えて いた。まあまあさね。何とも能天気な話である。しかしまあ、これには一つ理由 があった。というのも、彼の声を私はどこかで聞いたことがあるような気がした のだ。はて、一体どこであったろうか。この前立ち寄った薬師のところであった だろうか。いやいや、そんな軽いものではなくもっと以前に、深く深く関わって いたような気がする。となれば、私には到底見当がつかないだろう。なんせ私に はここ数ヶ月以前の記憶がないのである。そりゃよかったと言った彼の声は実に 軽快であった。口端はにこやかにつり上がり、男前が一層男前になっている。だ が、それとは反して目は死んだように何も映していなかった。と言っても普通の 人間は気付きもしないだろう。それ程上手く隠していた。あんたは。私は言った 。私は自分でも驚くほど人の心を読むのが上手い。そうして身軽だった。それが 前の仕事からなのか、生まれつきなのかはわからない。だが時々意味もなく腹立 たしくなって、その力の無意味さに打ち震えることがあった。まあまあだね。男 は言った。やはり口端を上げたままだったけれど、今度はどことなく諦めに似た 色を滲ませていた。私は無性に橙色を恋しく思 っている自分が理解できないでいた。それはいつものことでもあるが、夕焼けを見て意味もなく涙するのだ。 身体が何かを覚えているかのように、頬を涙が伝うのだ。男は立ち上がっていた。慣れた手つきで私の頭に手 を乗せて、元気でね、と笑った。泣きそうな笑顔だった。私は極端に人に触 れられるのが苦手だった。それから背後に立たれるのも嫌いだ。私は何かを言お うとして、けれど喉が震えていることに気づいて口を開けるのをやめた。男は私 に背を向けてそっと離れて行く。小さくなる背中に何かがどくどくと煩かったが 、なぜだかはわからなかった。それで、仕方なしに背中越しに手を上げた姿を見 ていたら、涙が頬を伝ったのだった。 それからは、一度も彼と会っていない。けれど、毎日あの団子屋に行くのを欠か せないでいる。そうしていて、彼のことを考えない日はなかった。何故だか、酷く恋 しくて、愛おしいと思うのだ。不思議な話である。あの日初めて会ったというの に、私は彼のことを求めているのだ。 |