明智 光秀樣 拝啓 庭に落ち葉が散り敷き、時雨しきりの折から紅葉の季節もいつしか終わりまし たが、いかがお過ごしでしょうか。この季節になると、不意に貴方様のことを探 してしまう私の悪い癖は未だに治っておりません。 ところで私がこの手紙を認めたのは、貴方様にニ、三言付けがあったからに ございます。直接お話しできればよろしかったのですが、なにぶん私も貴方様も 忙しい身分であります故、このような形になってしまいましたことをお許し下さ いませ。 まず、もう御存知かとも存じますが、この城に潜伏している忍は私めを除き全 滅致しました。敵を褒めるのも些か憚られるのですが、流石の一言に尽きるばか りにございます。私めも方々の城を回っておりますが、ここまで迅速にまた完璧 に仕事をこなす忍衆は初めでございます。私めの部下も決して引けを取ることは ないと思っておりましたが、ついて行くのが精一杯であったようでございます。 軟弱な部下しか育てられなかったこと、誠に申し訳ございません。 次に、帰蝶様についてでございます。貴方様が謀叛を、自らの意志で信長様を 敵に回されたあの日以来、少なくとも私めの前で、帰蝶様が心から笑われること はありませんでした。何かをいつも深く考えておいでで、時たまあの木の前に立 たれては、はらはらと舞い落ちる落葉を思量深げに見つめていらしておりました 。その時の儚げな横顔は、正に蝶の名に相応しく、いつひらりと飛んでいってし まうかと、はっと息を呑むほどでございました。 これで最後になりますが、このことを認めるかどうかについて、私めは幾日も 悩んだ挙句、最期の我が儘にと認めることを選びました。貴方様にとって、これ が酷く愚かしく、馬鹿らしいことだと存じておりましても、到底認めずにはおれ なかったからにございます。 光秀様 お慕い申し上げております 貴方様の全てを存じ上げた上で、私めはこの愚かしい言葉を文として残し、自ら の戒めと貴方様への忠誠をここに誓いたい所存にございます。 貴方様がこの文を読んでいらっしゃる頃には、きっと私はもうこの世にいない でしょう。それでも、私めの気持ちは揺れることはございません。明智軍の栄光 を私はいつまでも望み、願っております。 敬具 光秀はくつくつと声を上げて笑った。が愚かなことは知っていたが、これほ どまでとは思わなかったからだ。自らのの遺書で想いを伝えるなど、白痴ですら やらないだろうに。 「そうですねえ、できれば直接聞きたいものです、 」 天井を見上げて光秀はまたくつくつと笑った。 |