異常に静かな生徒会室に自分以外の人間はいなかった。中途半端に閉められたカ ーテンの隙間から、点滅を繰り返す街灯が覗いている。机の上には目を通したば かりの書類が山のように積まれている。見馴れたはずの光景がなぜかいつも以上 に苛立たしく感じた。(疲れているのだろうか)(今日は上がろう)重たい腰は立ち 上がるのですら一苦労だ。不愉快な音をたてた椅子に幾分か眉を寄せた。随分と 年季の入ったこの椅子はいつからここにあるのだろうか。(貴女がいた頃よりずっ と前からここに、)掌の中でぐしゃりと歪んだ書類の束が崩れ落ちる。音もなくた だゆっくりと散在に落ちてゆく紙屑を無感情に眺め、て


あぶない


花弁のように散る書類の中に凛とした声と白い手が見えた。それはモノクロの世 界で酷く鮮やかに、美しく映える。はっとなって息を呑んだ。それはいつからか 僕の世界を蝕み、侵蝕し続けている忌まわしい存在だと緩やかな速度で脳が悟っ たからだった。まさか、まさか。脳がその存在を否定してまたぐらりと揺らいだ 。視界が霞む。手が、心臓が、痙攣する。

「珍しい、半兵衛がこんなヘマするなんて」

けれどその全てのあらがいを無惨にも飲み込んで、彼女はくらくらするほど魅惑 的に微笑んだ。僅かに前髪が揺らぐ。切れ長の大きな目が見透かすように僕自身 を映し出す。

ねえ、

先輩は一層笑みを濃くして言った。しんと静まり返った部屋に飲み込まれる。「 先輩、」「よ」「…先輩」

だって言ってるのに

呟いて、呆れたように幽かに片眉を上げた。そうして餌をねだる雛鳥のように背 伸びをした。の息が頬に触れる。僕を蝕む何かがどくりと音をたてる。(息が 、出来ない)

目だけぎょろりと動かして見下ろしたは酷く楽しげだった。赤い唇が弧を描 き、まるで何かの絵画のように幻想的で、恐ろしい。は蒼白い手をそっと僕 の頬に寄せた。それから滑るように滑らかな動作で僕の眼鏡を奪い取ると、悪戯 の成功した幼子のような顔をした。


「名前を呼ぶまで返してあげない」


そう言ったの黒髪に紫の眼鏡は酷く不釣り合いだった。それでも美しく見え たのは、僕の眼が狂っていたからか、それとも、






ちいさな思いはやがて



計り知れないほど強大になって僕を襲う

081125