毛利 元就樣

拝啓 虫の音に秋の深まりを覚え、何とはなしに寂しさを感じるこのごろですが、いか がお過ごしでしょうか。元就樣のことですから、きっと多忙の限りを尽くしてお いででしょう。軍人も文人も体が基本にございます。決して無理はなさいませぬ よう、お気をつけ下さいませ。
 ところで、この季節になるとふとあの日のことを思い出しては、一人笑みを溢し てしまうのですが、元就樣はいかがでしょうか。元親樣の御持ちになったお魚は 本当に美味しゅうございましたし、部下の方がされた旅のお話もとても興味深い ものばかりでしたね。けれどあの日の元就樣は、いつにも増して不機嫌であらせ られました。折角の宴の席でずっと仏頂面でしたから、私めははらはらしてお りました。
 仏頂面といえば、私に簪を下さったときもとても不機嫌そうな顔をしてらした のを思い出します。初めて戴いたものでしたから、この上なく嬉しゅうございま した。今でも新緑の簪は付ける度に鈴がしゃなりと鳴いております。元就樣はご存知 ないかと思いますが、慶次樣がいらしたときに褒めて下さったんですよ。
たしかあのときは、元就樣は元親樣と山に行ってらしたとか。秋晴れの散歩日和 でしたから、さぞ気持ち良かったことでしょうね。 あら、連れて行って下さらなかったことを妬んでいるわけではありませんよ。お 土産に下さった紅葉は、押し花にして今でも大事に持っております。
 たらたらと思い出話ばかりになってしまいましたが、私めは今幸せにございます 。幸村樣はとてもお優しい方ですし、慶次樣はときたまふらりといらしては、元 就樣のお話をお聞かせくださるのです。だから、どうか心配なさらないで下さい ませ。私めはいつだってここから貴方を見守っております。

                           敬具
                           

追伸
それでも貴方が愛しいと、毎夜泣き腫らす私めをお許しください






十月、秋の夜長に沸々と貴方を懐古しては涙する


元就はくだらん、と呟いた。そうして何事もなかったように文を閉じる。力一杯 握られたままの拳は、微かに震えていた。


081005