俺に向けられる笑顔が実は何の意味も持たないということに、俺は随分と前から 気づいていた。それはあいつにとって呼吸をするようなもので、誰にでも等しく 平等に行われる行為だったからだ。はいつも俺と会う度に言った。寿のこと 、好きよ。けれどその言葉の真意は好意を伝えるためにあるのではなく、ただ単 に俺を嫌いではないという事実だけを伝えた。は俺といるときに、決して我 が儘を言わない。ただいつも微笑を浮かべて、隣にいながら遠巻きに俺を静観し ているのだ。はいつだかこう言ったことがある。貴方はきっと素敵な人よ。 それは遠回しに自らはそう感じないことを俺に伝えた。俺はいつからかの前 を歩くのをやめた。一歩後ろを歩いて、その華奢な背をずっと遠くに見ていた。 すらりと伸びた細い腕を、ガラス細工のように繊細に扱った。そうでもしないと 、彼女は消えてしまうからだった。 |