ねえ、私ね、あと3ヶ月なんだって。何が、と返しかけた言葉を飲み込んで、訥 々と吐き出した言葉は、そうか、ただ一言だった。規則正しい心臓の音が、とく 、とく、と酷くゆっくりとした鼓動を繰り返している。俺はそのリズムに合わせ て、の言葉を反芻し、咀嚼した。あと3ヶ月なんだって、あと、3ヶ月。何 が?そう、の命、の、いの、ち。じんわりと染み込むように理解した言 葉はけれど無意味に俺の中を響いていた。はいつも通りに俺の前に佇んでい るようにみえるのだ。一体お前は何を言ってるんだ。俺はなけなしの理性でもう 一度言った。嘘だろ。しかしは平然と、ううん、本当、と言って笑った。随 分と白い笑顔だった。悪戯に白いこの部屋に、溶けて消えてしまいそうだった。 先生がね、昨日お母さんに言ったんだって。はなぜか楽しそうに笑っていた 。なぜだかそれが無性に苛立たしくて、俺はまた、今度はもっとぶっきらぼうに 、そうか、と言った。そうしてエナメルバックを乱暴に引っ掴んで病室を出た。 それがを見た最後だった。1ヶ月前のことだ。俺は一体悲しいのか辛いのか、 よくわからなかった。ただ、の笑顔もきっと俺と同じような、よくわからな い感情の上に成り立っていたのだろうと、今になってふと思うのだ。まだ少し寒 い朝の体育館には、俺の影だけが薄く伸びていた。開け放たれたままの窓を、俺 は自然と目で追っていたけれど、そこには当然のように誰もいなかった。なぜだ かそれが酷く悔しくて、両手で挟み込んだバスケットボールを睨みつけた。そう してそのまま振り向きざまに最後の一本を決めて、高校最後の朝練を、俺は一人 で静かに終えた。ゆらゆら揺れるネットが、悲しく歪んで見えた気がした。




泣けない二人の代わりに



090305