もう少し早く私が貴方に出逢えていたら何かが変わっていたのかもしれない。そ んなことを今更になって思う私は、酷く卑怯で無粋だ。よく効いた滑り止めが小 気味よい音を体育館中に響かせていた。藤真の額に浮かぶ汗が太陽の光を反射し て眩しく輝いている。それはなんだか途方もなく美しいものに思えた。緩く上が った口角も、そこから漏れる甘酸っぱい囁きも、彼女の名も、こんなにも美しい 。「なあ、」大事そうに包まれていたボールが、藤真の手を離れてはまたそ の手を求めてを繰り返している。私はただそれを目で追った。そうして藤真の真 剣な声が心地良く鼓膜を揺らすのを待った。弾むボールの音が嘘のように遠い。 私の目は只管にボールを追い続けるばかりで何も言わない。藤真はけれど何も気 にすることなくドリブルを続けていた。そうしてそれはまるで至極当然のことの ように、ありがとう、と言った。それからいってくる、と笑った。藤真の端正な 指から放たれたボールが、ストロボ写真のように綺麗な弧を描いてリングに向か っていくのを茫然と眺めながら、私はこのボールがあのリングを抜けたら全てが 終わるのだろうとふと思った。 |