いつも貴方は私の遥か前方を走っていた。私はいつだってそれを後ろから見てい たけれど、それはぎょっとするほど鬼気迫るものだった。あのときの貴方は、誰 よりも強くて、そうして脆かった。今思えば、貴方は恐れていたからこそあんな にも速く走っていられたのかもしれない。あの日も貴方は走っていた。懸命に縋 る私を振り返ることなく、ひたすらに駆ける様は正に龍の如く美しく偉大だった 。赤い世界で貴方だけが蒼く、蒼く、蒼く。そうして白かった。はっとするほど 、白い。貴方の顔は酷く憔悴しきっていた。誰よりも前を行く男が一体なに怯え るのかと、私は目を見開いて、貴方の見慣れぬ形相をついと眺めた。貴方の横に 並ぶことを求め、必死に縋ってきたけれど、ふと、今私は貴方の横に並べたよう な気がした。貴方は幽かに微笑んでいた。「政宗様」貴方はふらふらと手を伸ば して、私の頬に触れた。けれどその力の弱いこと。まるで赤子の指先のようだっ た。政宗様は口を薄く開いてまた笑った。それは今までにないほど優しげな面も ちだった。そうして私は、もう随分と前から貴方より前を行っていたのだとしっ た。曇天の夜空は鬱々とした心持ちを一層不快にさせて、ぬめりと体躯を覆う生 臭い液体が私を外道と罵った。 |